Aerosmith(エアロスミス)
マサチューセッツ州ボストン市を拠点に活動するロックバンド。
スティーヴン・タイラー(Steven Tyler)
■スティーヴン・タイラー(Steven Tyler)
アメリカ・ニューヨーク出身。イタリア系アメリカ人である。イタリアとウクライナ(ロシア)とインディアンのチェロキー族の血筋[1]。フルネームはSteven Victor Tallarico。大きな口が特徴。ジョー・ペリーと共にソングライティングを手掛けており、バンドのフロントマンである。派手派手しいステージ衣装とマイクに巻きつけたスカーフがトレードマーク。初期にはジャック・ダニエルズの酒瓶も持って登場していたが、バンドイメージの変遷に伴って現在では取りやめている。
1989年、アリス・クーパーのアルバム『Trash』に参加。
リンゴ・スターのアルバム『ヴァーティカル・マン0リンゴズ・リターン』(1998年)の「Drift Away」は、リンゴとトム・ペティとアラニス・モリセットがボーカルを取り、スティーヴン・タイラーはドラムを担当しているが、スティーヴンがボーカルを担当している貴重音源のプロモーション・テイクが存在する。また、同作ではビートルズのセルフカヴァー「ラヴ・ミー・ドゥ」で、ハーモニカを演奏した。
2005年、サンタナのアルバム『オール・ザット・アイ・アム』、ジャズ・トランペット奏者クリス・ボッティのアルバム『To Love Again』にゲスト参加している。
2006年、映画『BeCool』に俳優・ジョン・トラボルタ、R&Bシンガー・クリスティーナ・ミリアンと共演。
<歌唱法>
アメリカの出身であるためか、元々のイギリスのハードロックにはないブルースや、R&Bの独特の解釈があり、1stの『野獣生誕』(Aerosmith)では喉に力を込めた黒っぽさを感じさせる歌い方のせいか、容姿的に似ており、同じR&Bから強い影響を受けたとされるローリング・ストーンズのミック・ジャガーと比較される事が多かった。しかし、2ndの『飛べ!エアロスミス』(Get Your Wings)、3rdアルバムの『Toys in the Attic』、4thアルバムの『Rocks』と続くにつれて次々と独自のスタイルを確立しロバート・プラントから影響を受けたとされる高音の鋭いシャウトや、独特なスキャットなどを用いるようになった。
高音に達するとのどを嗄らすかのように振るわせ、叫び声のような歌い方も特徴である。 若い頃よりも声の出が良くなっており、特にBack in the Saddle等でのシャウトは40代、50代になってからの方が迫力がある。母国のアメリカでは、セックスシンボルおよび、ロックアイコンとして今尚多くのボーカリストから尊敬を集めており、モトリー・クルーのヴィンス・ニール、ガンズ・アンド・ローゼズのアクセル・ローズ、B'zの稲葉浩志などを始め、後のロックボーカルにも強く影響を与えた。ガラガラ声でシャウトするようなイメージもあるが「Angel」等のバラードでは綺麗なハスキーボイスで歌いこなす。
また、その独特の歌唱法から「悪魔の雄叫び」(The Demon of Screamin)のニックネームが使われるときがある。
<その他>
ボストン・レッドソックスのファン。頻繁に観戦に訪れ、2004年のワールドシリーズ第1戦で国歌を独唱した。レッドソックスのTシャツを着て歌うこともあり、シリングなど選手との親交もある。
ジョー・ペリーとのコンビは'トキシック・ツインズ'(The Toxic Twins)と呼ばれる。
少年時代は、ドラムを演奏していて、ドラマーを志望していた。主に、ザ・ベンチャーズ等を演奏していたようで、現在も、ベンチャーズからの影響を公言しているほどの熱烈なファンである。ベンチャーズのメンバーを東京ドームでのライブに招待したり、楽屋への表敬訪問を度々行っている。
映画『アルマゲドン』で有名なハリウッド女優、リヴ・タイラーの実父である。リヴ本人は、物心付く前に両親が離婚していた為に、スティーヴンの顔を覚えておらず、成長してエアロスミスのファンとなった頃に、スティーヴンが自分の実父である事を知り、非常に驚いたという。
野獣生誕 - Aerosmith
■野獣生誕 - Aerosmith 1973年
<解説>
結成1年目を迎えたAerosmithの1stアルバム。プロデューサーはオールマン・ブラザーズ・バンドの1stアルバムをプロデュースしたエイドリアン・ハーバーが起用された。
二度目のデビューとなるスティーヴン以外は皆新人なので、マネージャーは何もかも忘れてレコーディングに没頭できるよう彼らを短期間合宿させたという。
発売時は酷評され、ローリングストーン誌には相手にもされず、レコード会社にも契約を打ち切られそうな中、マネージャーやメンバーたちの必死の嘆願でシングルカットされた「ドリーム・オン」は最高60位まで上昇し、3年後の1976年に再発売されビルボード誌で6位のヒットとなり、アルバム自体も21位まで達した。
「ママ・キン」は、スティーヴンがデビュー前から暖めていたお気に入りの曲で、エアロスミスが結成されたとき、彼は左腕に「MA KIN」とタトゥーを入れている。また、ガンズ・アンド・ローゼズがメジャー・デビュー前のライヴでカヴァーし、現在はアルバム『GN'Rライズ』で聴ける。
「ウォーキング・ザ・ドッグ」はローリング・ストーンズも1stアルバムでカヴァーしたルーファス・トーマスの曲で、後にラットも1stアルバムでカヴァーすることになる。
<収録曲>
1. メイク・イット - Make It (3:39)
Words/Music:S.Tyler
2. サムバディ - Somebody (3:45)
Words/Music:S.Tyler,S.Emspack
3. ドリーム・オン - Dream On (4:26)
Words/Music:S.Tyler
4. ワン・ウェイ・ストリート - One Way Street (7:01)
Words/Music:S.Tyler
5. ママ・キン - Mama Kin (4:25)
Words/Music:S.Tyler
6. ライト・ミー - Write Me (4:10)
Words/Music:S.Tyler
7. ムーヴィン・アウト - Movin' Out (5:02)
Words/Music:S.Tyler,J.Perry
8. ウォーキン・ザ・ドッグ - Walkin' The Dog (3:12)
Words/Music:R.Thomas
概要
ヤードバーズをはじめ、1960年代のブリティッシュ・ロックというフィルターを通して、自国の音楽を表現しようとした。
1970年代に第1次黄金時代を築くが、その代償とも言えるドラッグや人間関係の問題で1980年代前半は低迷。全員が麻薬中毒の治療のために更生施設に入院。これは、落ちても這い上がろうとした彼らの執念の表れとして今も語り継がれている。
その後、ロック史にも珍しい復活(1985年)を果たし、商業的には1970年代を上回る第2次黄金期を築いた。
1998年映画「アルマゲドン」のメインテーマを手がけた。同映画のヒロイン女優、リヴ・タイラーは、ボーカルのスティーヴンとベベ・ビュエルの間に産まれた実の娘。
日本では、1970年代後半はキッス、クイーン、チープ・トリックの陰で多少地味な存在であったが、1985年の復活以降は人気バンドとしての地位を確立した。来日回数も多く、1998年には海外アーティスト初の4大ドーム・ツアーを敢行した。
バンド結成当初、ドラマーだったスティーブン・タイラーがヴォーカルとドラムスを兼任するはずだったが、目立たないので兼任をやめ、彼の悪友ジョーイがドラマーとして加入した経緯がある。 尚、バンド名はドラムスのジョーイによる造語。
2001年に『ロックの殿堂』入りを果たす。他にも今まで『ピープル・チョイス・アウォーズ』2回、『ビルボード・ミュージック・アウォーズ』6回、『アメリカンミュージック・アウォーズ』8回、『ボストン・ミュージック・アウォーズ』23回、『MTVビデオ・アウォーズ』12回、『グラミー賞』4回など数々の賞を受賞している。『ローリングストーン誌』、『ヒットパレード誌』でも最優秀ロックバンドに選ばれている。
『MTVアイコン』に選ばれた初のロックバンドでもある。